そう書いたことで明らかなのだが、左脳で、ロジックで、言語で生きている人たちはある意味で3000年前の二分心を持っていた人間よりも能力的に衰えているのではないだろうかと疑っている。

 

人間の考えること、人間が意識して行うことなどタカが知れている。どんなに頭脳明晰な人でも、どんなに社会的地位の高い人でも、ワクチンを易々と信用してしまい、嬉々として接種している例をたくさん見た。

 

神々と交信していないのだな、と思う。

 

ワクチンは本当に冷酷なリトマス試験紙であり、効くと思っている人は「危ないよ」と止める人たちのことを陰謀論とかいって遠ざける。会話は成立しない。かと言って、接種派も非接種派もワクチンの中身を調べているわけでもなく、なぜ効くのか、なぜ危ないのかをお互いきちんと説明できないのである。

 

ということは、これは右脳の世界の話なんだろう。

 

危ない、という直感が先にあってその証拠を集め始めるのが懐疑派、むしろコロナが危ない、ワクチンは切り札という直感が先にあってその証拠を集めるのが推進派ということだ。

 

自分は、ワクチンは危ないと思っている。最初からそう思っていた。政府がこれだけ推すんだから危ないとか、数ヶ月で開発して大量生産にまで至った製品が品質で信用できるわけないとか、理屈は後からついてきた。今では危ないという確信を持つに至った。

 

日本人の4割は接種を拒絶している。若い人が多い。多分、神々との交信の能力を相対的に維持しているのだろう。そういう人がおそらく生き延びる。そんな感じがする。

 

潮目が変わったと感じるのは、新聞テレビ週刊誌政府発表その他がいくら文字を並べても誰も説得されない状態が生じているという意味である。左脳、言語はいくらでも嘘のロジックを構築する。一見尤もらしく見える。すぐデマだとか根拠がないとか言い出す。それを信じる人は接種する。しかし一定数の人は、もっと体感的なものに依拠しながら生きているのだと思う。