不思議なのは今、大転換の時であり恐ろしい戦いが繰り広げられているというのに、世の中も自分も表面上は全く平静であることだ。

 

ワクチンで10万人が亡くなっている。家族も友人も驚いているだろう。だが医師はそれを国に報告しないし、報告された少数の事例も因果関係は認められないとされる。今までの世の中で言えば、そろそろ訴訟が起きておかしくない。しかしそういう話は聞かない。

 

ワクパスに反対してフランスでもイタリアでもドイツでもスイスでも暴動に近いようなデモが起きているという。ネット上では動画も流れている。しかしMSMが取り上げないから日本人はほとんどがそのことを知らない。日本のデモはまだまだ力が弱い。

 

ま 他人事ではない。自分も動いていない。ワクチンは信用できない。これは確信がある。しかし話が通じないと分かっている相手には打つなとも言ってないし、こんなものを推し進める政府を打倒しようとしてデモを組織したりもしていない。なんとなーく毎日過ごしている。

 

この奇妙なまったり感は何だ?

 

勤め先は職域接種で8割の社員が打った。噂が本当ならこの空きから冬にかけて風邪でも引いたら免疫が効かなくて肺炎になり亡くなる人が続出するはずだ。さらに1〜2年で接種者全員が死ぬだろうという予測もある。大変な事態であるはずだ。が、だからどうしようとも思わない。愛社精神がないということもある。しかし死んでいくのは同僚たちだ。なぜ真剣になれないかというと、そうだなあ、まだそんな説を信じていないのかも知れない。

 

国ぐるみで毒を撒き散らし、国民の半数が死んでいくというストーリーは、まだ実感として自分の中にない。それが本当のところかな。

 

世の中の平静さは、おそらく自分自身のこの平静さの延長線上にある。

 

コロナが危ないって言ったって大勢死んでるわけでもない。だから緊急事態だとか言われても外出するし外食するし路上飲みもする。政府は勝手に騒いでなさい、というような感じ?一方でワクチンも打って死んでる人多いぞとかネットでは騒いでいるが自分自身の周りにはそんなことは起きてない。周りからの圧力もあるしとりあえず打っとくか、みたいな。

 

こうして恐ろしいウイルスが蔓延している中を平気で外出する人々と、とても恐ろしい内容物を有しているワクチンを淡々と接種する人とで世の中が平静に動いている。