20240307 深い深い眠り

正直に書けば、毎日書き続けるネタがなくなってきました。トランプがスーパーチューズデイで完勝したとか、ヌーランドが辞任するとか、日経平均最高値継続とか、次年度予算衆議院通過とか、テキサスの山火事だとか養鶏場火災頻発とかカナダで安楽死法案とか気になるニュースはいろいろあるんだけれども、なんか、これみんな表面的なものだよな、本質的に重要なことって決して表に出てこないよなという感覚が最近強くなってきて、だから書きたいこと、書けることがどんどん制約されてきた。よくないかも。修行の難所か。

 

そこで一旦、自分の内面に目を向けてみます。私はなぜ陰謀論に惹かれたのでしょうか。

 

何度も繰り返して書きましたけど、きっかけは2020年11月の米大統領選挙。あれからもう3年半か。最も衝撃的だったのは、いわゆるバイデンジャンプをリアルタイムでみたことだったともいます。ああ、こんなことがあるんだ。簡単に政府とか政党とか制度を信用してはいかんな。そう激しく感じた出来事だったわけです。

 

「私は騙されている」その感覚が、自分を陰謀論者へと向かわせたことは、まあ間違いありません。その後、陰謀論に切り替わった脳みそで日本を観察してみると、政治にしても企業活動にしても地域活動にしても親戚付き合いにしても、まあ詐欺紛いの行動をとっている人や組織がいかに多いことか。そして、他人を騙して自分だけが良い目を見る、そのことに徹している人ほど世間的には得しているとかいい暮らしをしている、あるいは良い企業業績を上げているということがある。そう考え始めると、インチキしていい目をみているように思われる人たちに対する複雑な感情(やきもちもあるし、人格を見下したい気持ちも出てくる)が湧いてきました。世の中には、特権的な地位などを利用して得をしている一群がある。自分はそれに入れてもらっていない、という。

 

ネット上の陰謀論者の発言発信を見ると、自分達を苦しめてきた特権集団が今回こそは一掃される、黄金時代が来るのだ、と期待満々です。とても嬉しそうなのは、これまで「騙されてきた」という怒りと「騙してきた連中がいい目を見て自分達は不遇だった」という怨念が背景にあると、これは自分もそうだから容易に想像がつきます。で、私は陰謀論にハマった時期を抜けそうになっている今の自分を懐疑論者と呼び直そうかと思っていますが、その懐疑論者の考え方からすれば、陰謀論は危うい。

 

嫉妬とか羨望とか被差別感覚を刺激するような思想は危うい。再び、別のルートで騙されている可能性があることは認識しておくほうが良いと自覚し始めています。嫉妬心や被差別感覚を利用して、人をある方向に誘導するのはそんなに難しいことではなさそうだし、錦の御旗として正義(邪悪な支配を打倒せよ等)を掲げれば、その拡散力は巨大になるでしょう。危ない危ない。

 

昨日、母校のOBOG会がありました。集まるのは、社会に出て落ちこぼれてしまった人たちではなくて、皆それぞれに地位もあり常識も見識も一般的にはあると思われているような方々です。得々として、トランプ復帰がもたらす民主主義の危機を語る人(役所OB、大学の先生など)がいました。深く深く眠ったままなんだなあと感じて帰ってきました。