ユダヤ人には何種類かある、と初めて公にしたのはアーサー・ケストラー。確か英文の題名は「第十三支族」だったかな。ユダヤには支族と言われるグループが12あると言われてきたんだけれども、おかしいぞ、自分はそのどれにも当てはまらない、とユダヤ人だったケストラーは考えたらしい。そしてあれこれ調べてみると、なんと13番目の支族としか呼びようのないグループがあって、その連中が自分達こそユダヤ人、と主張しイニシアチブをとってイスラエルを建国した。12の支族はパレスチナ周辺の出身だが、第13支族は東欧がルーツだ。ユダヤ教に改宗したことは間違いないらしい。今のハザール系ユダヤ人のことを、初めてこう書いたわけだ。
この本は、日本語訳もあり、発売後はそれなりに話題になったようだが今では忘れ去られたものとなっている。ケストラーはスペイン内乱、第一次世界大戦。共産主義などについてジャーナリストらしい書籍をいくつか残している(「スペインの遺書」「行者と人民委員」「真昼の暗黒」「絞首刑」)が、その知的好奇心は広範囲に及び生物学会でも評判になった「サンバガエルの謎」、天文学史(というか発見の歴史「コペルニクス」「ヨハネス・ケプラー」)、少しオカルトじみた文明批評(「機械の中の幽霊」「還元主義を超えて」「ホロン革命」)、人間の創造性の分析(「創造活動の理論」)などについても傑作を産んだ。というか、彼の著述は軒並み高水準であり、読みやすく、エンタメ的な要素も含んだ構成は読む人を飽きさせない。本当に知的な人とは、こういう人のことを言うのだろうと自分は思っている。
ケストラー自身がハザールユダヤ、別名アシュケナージだった。しかし、著作群が示す通りの特別に優秀な頭脳を持った彼でさえ、自分のルーツが第13支族であったことを知らなかった。自分は12支族のどれかに入るんだろうな、とぼんやりと思っていた程度だったようだ。そして、わずかに感じた違和感を出発点に、独力で調べ始めて初めて第13支族の概念にたどり着いた。
ユダヤ問題の難しさは、このように、意図的なのか何なのかわからないが、事実関係が全くわからない部分があるからだと感じる。隠されているのか、当事者たちも忘れ去ってしまったためなのか。だから、歴史の中で、ケストラーのような人物が出現することは極めて重要なことなのだと思う。彼の名言をいくつか備忘のために記しておく。
・クリエイティビティ(創造)とは、オリジナリティ(独創)によって嗜癖(habit)を打ち負かすことだ。
・創造とは、何もないところから何かを生み出すのではなく、すでに存在している事実、アイデア、能力、技術を明らかにし、選択し、入れ替え、結合させて合成する行為だ。
・独創的な発見であればあるほど、後から見れば、それが当たり前のように見えるものだ。
・究極的な真実は、常に誤りと見做される。後に正しいと証明される男は、それまでは間違っていて、有害ですらあるように見えるものだ。