20221113 ダメな人

愛知県の鳴海高等学校というところが話題になっている。修学旅行で神戸に行った生徒たちを、コロナ陽性が出たということで即日愛知県に戻ってこいと教育委員会か学校が言い出して瞬時に修学旅行が中止になったというのである。

 

別になんとも思わない。学校とはそういうところだからだ。規則を守る。規則があればそれは守らなければならない。そういうことを子供に叩き込むことが学校の存在意義だからだ。先生なのか教育委員会なのかは知らないが、実にまじめな方々だと思う。

 

自分の勤め先も、毎朝毎朝自動メールが飛んできて、熱はないか頭痛はしないか家族の中に発熱者はいないかなど数項目の固定された質問に回答返信しなければならない。うっかり忘れると1時間毎に督促メールがくる。社員は全員、朝の貴重な時間を使ってせっせと返信している。

 

昨年聞いた話だが、某財閥系の不動産会社の役員は、毎日出社したらPCR検査を受けなければならなかったと。まじめな会社、まじめな従業員、まじめな役員、しっかりした決まり事。素晴らしいではないか。まさに、学校教育の延長線上に企業社会がある。

 

ただ、この2年間を振り返ってみると、なんとまあ馬鹿なことを続けているものだと思わざるを得ない。

 

タフだなーとも思う。まだこんなことを続けられる精神的スタミナというか。

 

でも、やっぱりわかってきたのは、こういうのはもうダメだなということ。逆にいうと、こういうのはもうダメだということをわからせるために教育的効果を狙っていつまでもコロナ騒動をやってるんじゃないかと思うくらいだ。

 

まじめはダメ。

 

ていうかああいうのはまじめじゃないんだと思う。ただ言われたことを頑なに守ろうとする、それは物事をまじめに考える態度とは違う。そんなふうに思えてきた。

 

「まじめに」を「真剣に」と言い換えるともっとはっきりする。物事を真剣に考える態度をとるならば、これでいいのかという疑問も浮かぶだろう。言われたことをただ墨守するというのは、実は不真面目なのではないか。怠惰と言ってもいい。

 

不真面目で怠惰な人間が多いから、この世は息苦しいのかもしれない。いやきっとそうだ。

 

ゲーテは「行動的なバカほど始末に追えないものはない」と言ったそうだ。不真面目で怠惰な人間は迷いがないから行動がぶれない。似たような箴言が作れそうである。