20221122 「銀の匙」とコレラ

「(前略)その後間(ま)もなく惣右衛門さんがコレラでなくなったため伯母さんはまったく身ひとつの寡婦になってしまった。伯母さんはその時の話をしてそれは異国の切支丹が日本人を殺してしまおうと思って悪い狐を流してよこしたからコロリがはやったので、一コロリ三コロリと二遍もあった。惣右衛門さんは一コロリにかかって避病院へつれて行かれたのだが、そこではコロリの熱で真っ黒になってる病人に水ものませずに殺してしまう。病人はみんな腹わたが焼けて死ぬのだ といった。」

 

1910年に公表された作品である。すでに思い出話として語られているからこのコレラは明治の流行を指しているだろう。語り手の伯母さんは、この小説によれば昔風の信心ぶかい庶民で、決してインテリではない人物として描かれている。しかしキリスト教への疑念などはきちんと持っている。日本人として真っ当な感性だと思う。

 

自分の周囲では、高学歴でもワクチンを打つというか、高学歴の秀才ほどワクチンを疑わない。明治の老婆にあった生存感性は、学校の勉強に励むほど失われていくようにもみえる。

 

それにしても明治初期。切支丹が日本人を殺してしまおうと考えている、という観念はどのようにして老婆の脳内に生じたのだろうか。不思議である。で、決してそれは頓珍漢とは思えない。