word of mouth

メディアが封じても口づたえに真実は拡散する。噂の拡散をワードオブマウスというのだ、とこれはジャコ・パストリアスのアルバムタイトルの解説で学んだ記憶がある。

 

例えば皇族の秘密であるとか、首相の秘密であるとか、活字にはならなくても漏れ伝わってくる。自分もいくつか聞いた。いかにもなあ、という話ばかりである。それは学習院で同級生だったという人の口から漏れたものだというような経緯まで聞いた。そういう情報拡散は防ぎようが無いだろう。

 

作家で都知事を務めた有名俳優のお兄さんはほとんど登庁していない、と当時の都庁職員から嘆かれた。決裁が滞っていると。そういう話は当時は流れない。今明るみに出てきている。

 

今ワードオブマウスの一部はネット上で拡散してますね。むしろ京王線の事件は当事者からの拡散がないことがフェイク説の根拠として挙げられるくらいになっている。福島駅の切りつけ事件は目撃者やテレビ局や新聞報道の間で場所や時刻が全く整合していないことが話題になっている。ワードオブマウスとしての信頼性に欠けると。

 

こういうことは、気にしなければ気にならないけれども世間はイカサマと思い始めるといやでも気になってくる。ああやっぱりな。ああまたやってらあ。今回は事前調整不足だね。役者がヘボだったな。だんだんそんな感想になっていく。

 

911やアポロはほぼ完璧だった。何十年も保った。今のそういうことは数日も持たない。

 

これをデクラスというのではなかろうか。進んできたなと感じます。